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深名線ノスタルジー20年 (第四回:廃線探訪2日目) [サイクリング]

・深名線廃線探訪サイクリング軌跡
全域.jpg

・2日目の軌跡
二日目.jpg

本日のスタートは政和温泉からです。起床時刻6:00。支度をして、
7:00に出発しました。天候は曇り。風も少なく快適なサイクリング
日和のように見えますが、本日午後から天気が崩れる予報が出て
います。前半でどれだけ踏査できるかがキモとなりそうです。

・こんな感じのログキャビンに泊まりました。
DSC03999_s.jpg

・K分君の自転車のコクピット。色々と付いています。
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まずは国道を数百メートル戻り、第3雨竜川橋梁に行きました。
おそらくもっとも有名であろう深名線の遺構です。緑色に塗られ、
綺麗な状態で鎮座していました。地元の保存会により保存されて
いるとのことです。目の前に立つと、今にも深名線の列車が渡って
きそうな錯覚に陥ります。

・第3雨竜川橋梁が大変綺麗な状態で保存されています。
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・デッキガーター&トラス橋
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・今にも目の前から深名線が走ってきそうです。
DSC04012_s.jpg

橋の案内版の前にテーブルとベンチがありましたので、ここで
朝食。昨夜のレストランで作ってもらったおにぎりを食べました。
寒い朝ですが、優雅な気分で美味しい朝食を食べることができ
ました。

・一人3個のおにぎり!おかず付き。ごちそうさまでした。
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踏査再開。第3雨竜川橋梁からすぐ近くの場所、旧道沿いに走る
と、すぐに【政和温泉駅(臨時駅)】跡がありました。遺構は全く
残っていません。駅跡の先に、昨日宿泊したせいわ温泉ルオント
が見えています。

・【政和温泉駅】跡へと向かう横道。
DSC04030_s.jpg

・右上の道から上がってきたところです。遺構はありません。
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200mほど走ると、深名線を横切る踏切跡があります。この辺り
が【下政和(仮乗降場)】跡となります。この駅は大分昔の
1961年に先ほどの政和温泉駅の位置に移転し、名前も政和温泉
仮乗降場と改称になったとのことです。要するに、移転前の
乗降場跡ですね。もちろん何も残っていません。

・この写真の踏切跡の左手あたりが【下政和(仮乗降場)】です。
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・北海道はひたすらまっすぐな道が多いなぁ。。。
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国道に復帰し、少々走りると、突如、右手に食堂の建物が見え
ました。【政和駅】の駅舎です。入口のベニヤ板に冬季休業中
…と書かれていましたが、既に数年前に閉店となっています。
駅舎の第二の人生も幕を閉じてしまったのですね。。。

・【政和駅】、駅前情緒満点です。
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・少し前までは有名な食堂だったとのことです。
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・裏手にプラットホームの遺構は発見できませんでした。
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引き続き国道を北上します。途中、蕎麦の里の展望台があり
ました。蕎麦の花が咲く時期には大層綺麗な景色を見ることが
できる場所とのことですが、既に蕎麦の収穫は終わっており、
一面の畑を臨むのみでした。風が強くなってきました。上空の
雲の流れが早いです。

・有名な展望台。シーズンオフで文字が欠落中なのかな?
DSC04047_s.jpg

・既に収穫の終わった蕎麦畑。
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国道を走っていると、右にダート道が伸びている箇所があり、
その先が【新富駅】跡です。1995年の深名線廃止を待たず、
1990年に利用者減少により廃駅になっています。駅舎や線路
等の遺構は残されていませんでしたが、駅前の荷物扱いの建物
の廃墟があり、そこに駅があったことがわかります。

・【新富駅】の駅前通り。先には駅遺構はありませんでした。
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・駅前に集荷所の廃墟がありました。
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更に国道を進むと、左手から羽幌方面からの国道239号線がT字
交差してきて、その先ほどなくして【添牛内駅】の駅跡に到達
しました。いかにも駅前通りの趣の道があり、その先に駅舎が
残っていました。現在では民家の物置として使われているとの
情報がありますが、保存状態が悪く、あまり長くない印象を受け
ました。

・【添牛内駅】も良い駅前の雰囲気を出しています。
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・添牛内駅舎入口
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・駅裏手側は荒れていました。
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この辺りは河川の流れ方向が複雑です。進路を東に変え、暫く
走った後に朱鞠内方面に左折して進路を北に変えます。その先で
カーブで進路が西になるわけですが、並走の深名線も大きく
曲がって【大曲(仮乗降場)】に至ります。この乗降場は大分昔の
1976年に廃止されています。国土地理院の古い航空写真と照らし
合わせて見ると、周囲の道路が当時と大分違っています。…が、
乗降場のあったであろう場所には容易に到達できます。JRバス
深名線の同名のバス停は、ちょっと離れた場所に設置されていま
すが、現在の集落の利便性に即した箇所に設置されているので
しょう。

・【大曲(仮乗降場)】があったであろう箇所(写真左手側)
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・この正面あたりにあったはずです。
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・大曲近くにあった跨線橋。深名線を斜めに跨ぐ感じです。
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雨竜川を渡ると、その先に右手に折れるダート道がありました。
2,3百メートルほど進むと、深名線の路盤と交差する箇所があり
ました。その箇所のすぐ左手が【共栄駅】跡です。当時簡易な
ホームと待合室だったため、跡形も無く撤去されています。
共栄駅は、深名線の線路が良い感じのカーブを描いている途中に
ありました。写真映えが良かったようで、当時の鉄道雑誌等に
しばしば共栄駅に停車している深名線の列車の写真が掲載されて
いたことが思い出されます。

・【共栄駅】跡に至る一本道。
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・この写真右手あたりに共栄駅がありました。
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時刻は9:30。空が鉛色を呈しています。天気がもう少し持って
くれれば良いのですが。この先、少々登って朱鞠内トンネルで
反対側に抜けます。トンネルを出た直後にある雨竜川を渡る橋
から、すぐ横の深名線の橋台を見ることができました。

・朱鞠内トンネル
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・深名線の石積みの見事な橋台が見えました。
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更に北上すると、やがて民家が見えてきました。朱鞠内の街に
到着です。深名線現役当時の訪問時には、幌加内と並んで大きな
町の駅…という印象があったのですが、自転車で走るとあっと
いう間に市街地が終わる感じです。市街地の一番北に【朱鞠内駅】
跡はありました。ここでも駅の遺構は残されておらず、昨日の
幌加内同様、短い線路がモニュメント的に作られて設置されて
いるだけでした。バックに駅名標が立っていました。

・線路のモニュメントと、バックにバス待合所。
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・これは…現役当時のものかしら?
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次の駅までの駅間距離は僅かに1.9kmですが、そこにアプローチ
するために一つ峠を越えなければならないのですが、なかなか
キツいものがありました。坂の途中、朱鞠内駅構内を俯瞰で撮影
できる有名撮影ポイントを通りました。1995年当時、僕は一度
この道を徒歩で歩いています。当時の風景を思い出しつつ、

・線路跡は2車線の道路になっています。
DSC04126(Small).JPG

・拙ブログに先日掲載した新聞切り抜き写真。同アングル。
DSC04126_2(Small).jpg

道道から朱鞠内湖に向かって折れる道があるのですが、折れて
からすぐに深名線の踏切を渡っていたのですが、その箇所が
【湖畔】駅跡となります。当時、湖畔の駅前の空き地で深名線
の写真撮影をしていましたが、その時の記憶が懐かしく蘇り
ました。

・この荒地が【湖畔駅跡】です。何も残されていません。
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・踏切を挟んで反対側。深名線の軌跡がわかります。
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さて、この先のルートの話です。道内最大の人造湖「朱鞠内湖」
があり、現在僕達はその左下あたりの「湖畔駅」に居ます。
深名線は朱鞠内湖の西~北を経由するルートで右上あたりにある
次の駅「北母子里駅」に至ります。一方、メインの道路は朱鞠内
湖の南~東を経由するルートで、JRバス深名線もそちらを採用
しています。

深名線のルートに忠実に従うなれば、西~北ルートを採るべきです
が、ちょっと迷っています。…と言うのも、朱鞠内湖西側の道道
528号線(蕗の台朱鞠内停車場線)が現在通行止め扱いとなっている
ためです。先達の調査情報をWebで調べたところ、道道528号線は
完全なダート道で、2012年の土砂崩れの影響で不通となっており、
以降、復旧に着手されることなく現在に至る…とのことでした。
北側を走る道道688号線も、同じく数年前から土砂崩れで通行止め
でしたが、この9月に復旧して開通しています。…ですが、すぐに
先日10/22に冬季閉鎖扱いとなっています。

であれば南~東経由に決まり…なのですが、ここで更に迷う要素が
あります。深名線の湖畔駅~北母子里駅の間に、その昔に宇津内
(仮乗降場)、蕗ノ台駅(臨時駅)、白樺駅(臨時駅)の3駅があり、
このうち宇津内仮乗降場は所在不詳で踏査不可能ながら、蕗ノ台
駅と白樺駅は場所がわかっており、踏査可能な状況なのです。

・山の斜面に一段クッキリと見える深名線線路跡。
DSC04137_s.jpg

どうしようか考えつつ、朱鞠内湖の雨竜第一ダムの見事な堰堤を
右手に見ながら、道道528号線を少し北上してみます。しかし
ながら、実際に右手の山の斜面に深名線の線路の跡がはっきりと
見え、それが宇津内の奥地に吸い込まれている様を見てしまうと、
そのまま引き返すことができない心境になってしまいました。
K分君と話し合い、行けるところまで行き、駄目なら諦めて引き
返そう…ということで進むこととしました。

・この先の道路状況を記しておきます。
朱鞠内湖.jpg

・朱鞠内ゲート
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・ゲートを超えた直後から、道幅が狭くなります。
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道道528号線の朱鞠内ゲートを越えると、途端に舗装道路が途切
れてダート道になりました。大きな水たまりにビビりつつ、前に
進みます。ほどなく宇津内湖の雨竜第二ダムの堰堤が見えてき
ました。雨竜第二ダムはそれほど大きくはありませんが、すぐ
前の橋から見上げると迫力があります。吐水しており、見事な
景観を見せていました。

・宇津内湖雨竜第二ダム。吐水を見ることができました。
DSC04150_s.jpg

時刻は10:40。予報より若干早く、雨が降ってきました。まあ、
この辺りはほとんど山の天候…と言って差し支えないような
場所ですからね。急いでレインウェアやザックカバーなどの
雨対策に衣替えし、サイクリング続行です。K分君との前回の
サイクリングで、只見線沿線で雨に降り込められ酷い目に遭い
ました。その時の経験から、2人とも今回の雨対策はバッチリ
です。装備さえちゃんとすれば、雨なんてさして気になりません
…ここがまともで安全な道路であれば。。。

・ダム横の道路を急登坂で上がっていきます。
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・落石注意の標識も、何らかの理由で半分壊れていました。
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ダム横からは簡易舗装道路になっており、幾分か自転車でも通行
しやすくなっています。…が、最近ほとんど通行が無いようで、
木の枝などが散らばっており、神経を使います。この道はアップ
ダウン、曲線がきついです。切り通しは最小限、トンネルは無し、
橋は最も短く架橋できる箇所で…。典型的な昔道と言えます。
地形図を眺めながら、このような地形に即した道を歩くのは嫌い
では無いのですが、今日ばかりは「こんな道路で大丈夫か?」…
と不安が募るばかりです。

・右手に宇津内湖が見え隠れしています。
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・完全なダート道になります。
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・こんな感じの倒木が至る所に存在していました。
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暫く簡易舗装道路が続き、意外と行けるな…と思っていたら、
ほどなく完全なダート道に変化しました。通行難易度が一気に
跳ね上がります。伸びた雑草や倒木などが行く手を阻みます。
気合で進んでいると、やがて斜面の道が崩落している箇所が出現
しました。うわー、これはもう車やバイクで進むことができない
こと確定です。自転車を持って崩落個所の横を降り、横に巻き
ながら進んで進路の道に復帰します。

・この急カーブを曲がった先で…
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・あっ! 道路が斜面崩落で崩されている!!
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・自転車を担いで道を巻き、何とか進路復帰します。
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この斜面崩落を突破できない自動車やバイクは脱落しますので、
ただでさえ少ない通行量が激減し、ここから先はもう一段レベル
が高い道となります。藪化した道、沢山の倒木あり、道が川の
ように水没してしまっている箇所あり…。あまりにもレベルが
高過ぎます。気が付くとサイクリングではなく「冒険」になって
いました。

・14トン制限の木橋。こ、こえー。。。
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周囲には熊笹が多く茂っています。朱鞠内湖近辺には熊がよく
出没するとか…。雨が降っている時の熊の活動がどうであるか
分からないのですが、2人で自転車のベルを交互に盛大に鳴り
響かせて進みました。

右手には雨の中に煙る、幻想的な宇津内湖が見えています。
深名線はこの宇津内湖の対岸を南北に走っていました。宇津内
湖と朱鞠内湖の間の陸地の部分ですね。そこにはかつて
【宇津内(仮乗降場)】がありました。かなり古い駅で、昭和31
年頃には既に廃駅となったようです。あまりに古過ぎて、正確
な廃止時期はネット検索ごときでは情報が出てきませんでした。

・ウツナイ湖展望台…ほとんど湖が見えないんですけど。。。
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・ゴツい峠越え。もはや自転車を漕げるレベルではありません。
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宇津内駅は今となっては正確な位置が不明であることに加え、
そもそもその場所にアプローチする道が無いとのことで、踏査が
できません。代わりに翌日10/25に訪問した留萌本線北一已駅の
駅舎の写真でも掲載しておくこととします。北一已駅の駅舎は、
宇津内駅の駅舎を移築したもの…とのことです。現場の調査は
できませんが、別の場所で遺構を見ることができるとは、何とも
奇遇なものです。

・北一已駅舎。かつての宇津内駅駅舎が使われています。
DSC04467_s.jpg
(※翌日撮影)

さて、倒木、倒木、倒木…行く手は倒木だらけです。数年前に
倒れたであろう倒木、つい先日倒れたであろう切り口が真新しい
倒木、色々とありました。もう、この道路を復旧させよう…と
いう気は微塵も感じられません。このまま廃道にしてしまう
つもりなのでしょうか。ふと前方奥の方を見ると、巨大な鹿が
居てこちらを凝視していました。こ、こえー。鹿で良かった。
大自然過ぎます。

・致命的に道を塞いでいる倒木。ボスキャラ級の試練。
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・BD-1を担いで倒木越え。もはや大冒険。。。
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ヘアピンカーブで谷底に降りて谷川を渡る、地形図上最もヤバ
そうに見える箇所に差し掛かりました。2人とも祈るような
気持ちでその場所を見たのですが、無事に橋は架かっていま
した。いや、良かった。。。橋を渡り、地形の険しさも減って
ほっとしていたのも束の間、もう一息で蕗ノ台…というところ
で、2人はまさかの光景を目にしました。

・地図上、最もヤバそうに見えた橋は、問題なし。
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何と道が目の前でスッパリ崩落しており、下を谷川が流れて
いるではありませんか。ここまで来て本気の通行止めとは!
ここで引き返すのは、あまりにもしょっぱ過ぎです。崩落の
下を見ると、川が土砂で埋まっている箇所があり、その土砂の
地下で川が流れているであろう地続き箇所が見えました。
対岸に渡るにはここを使うしかありません。2人で土砂崩れ
箇所の上下にスタンバイし、自転車を渡し合いしました。

・ああっ!!道路が目の前で寸断?!
DSC04215_s.jpg

・こんな感じで下を谷川が流れています。
DSC04222_s.jpg

BD-1のようなコンパクト自転車だからこその成せる技ですね。
一人では越えられる気が全くしません。上から自転車を降ろし、
谷を渡し、下から上に上げる…都合3回の手渡しリレーで、対岸
の道路に渡りました。。

・下まで降りて川を越えます。まずは荷物から。
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・2人でBD-1受け渡しリレー。ラスボス級の難関ポイントです。
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よし、難所は越えた! ほどなく蕗ノ台ゲートが見えてきました。
その先は車の轍もしっかりしており、もう安心です。この時の
安堵感と言ったら。。。

・蕗ノ台ゲート。この先は車の轍がしっかりしています。
DSC04236_s.jpg

…とまあ、道道528号線の現状はこんな感じでした。深名線ファン
ならずとも、この道路を通りたい方は各ジャンルいらっしゃる
かと思います。…ですが、全くオススメできません。主に下記の
理由です。

・あからさまな難所は3箇所。
 林道ではなく登山道レベルを覚悟する必要があります。
 - 斜面土砂崩れによる道路崩落。
 - 切り通し部分を塞ぐ巨大な倒木。
 - 川渡り部分の土砂崩れによる道路寸断。
  土砂崩落の具合によっては川の渡渉が必要。

・ダートには雑草が茂っています。
 冬季ギリギリの今回でもかなりの雑草が生えており、車輪を
 取られそうになること多数でした。おそらく夏期の踏破には
 相当の気合いが必要と思われます。

・熊が出そうです。
 実際、朱鞠内湖近辺の山中での熊目撃情報はWebを検索する
 だけでも多数出てきます。蕗ノ台駅跡に熊の足跡が多数あった
 …というレポートも出回っています。熊鈴は必携でしょう。
 熊鈴の効果については専門家でも意見が分かれますが。

道道528号線を直進すると、左折で道道688号線方面に向かう
分岐が見えました。分岐を直進すると、両側の藪が開け、
広々とした空き地が現れました。【蕗ノ台駅(臨時駅)】の駅跡
です。鉄道遺構は見当たらず、もちろん周囲にも人家等の建造物
はありません。道道688号線が開通する前は、蕗ノ台駅に到達する
にはこの道しか無かったわけですが、ここに駅と集落があった
なんて、にわかに信じられません。

・【蕗ノ台駅】跡。予想外にしっかりした土地がありました。
DSC04240_s.jpg

・母子里側から振り返って。左手が蕗ノ台駅跡方面です。
DSC04247_s.jpg

少し戻り、先ほどの分岐点を道道688号線方面に進みます。少々
すると、2車線の舗装道路が見えてきました。道道688号線です。
途端に自転車のタイヤがよく転がるようになりました。おおっ、
舗装道路の何と偉大なことか。振り返ると青看板が見え、
「←朱鞠内16km」と書いてありました。すぐに通行止めのゲート
があり、その先は道路が崩落しているんですけれどもね。

・道道528号線(ダート)が道道688号線(舗装)に接続する箇所。
DSC04249_s.jpg

・どこが分岐点?…と一瞬わからないレベルの格差があります。
DSC04251_s.jpg

・朱鞠内方面にも通行止めのマークが必要なのでは?!
DSC04252_s.jpg

道道688号線を進みます。いきなりこの道の最大の難所である
厳しい峠越えです。2人でひーひー言いながらペダルを踏みました。
峠を越えると爽快な下り…と言いたいところですが、雨が激しく
打ち付け、荒行修行のようです。

ほどなく、右折の方向にダート道が現れました。ダートを少々
進み、【白樺駅(臨時駅)】の跡に到着です。駅前広場的な空間の
周囲に、鉄パイプ組みの謎構造物が多数建っていました。これら
の用途はわかりませんが。もちろん深名線とは関係の無い、最近
建てられた構造物です。

・唐突に右折道が現れます。
DSC04256_s.jpg

・【白樺駅】前に通じるダート。駅前広場には謎の鉄構造物あり。
DSC04267_s.jpg

・この一段下がった場所が白樺駅のプラットホーム跡となります。
DSC04263_s.jpg

広場の少し先の一段低くなっている箇所が白樺駅のホームのあった
箇所のようです。雨が降っていて危険でしたので、下には降り
ませんでしたが。目を凝らすと鉄道信号設備だか何かの錆びた
金属製ボックスが見えました。

道道688号線に復帰し、黙々と東進します。相変わらず雨が降って
います。右手には朱鞠内湖が見え、幻想的な雰囲気を放って
います。時折、深名線の遺構と思われる堤や切り通しが見え
ました。本日の昼食の調達に失敗しておりますので、2人とも
空腹状態でペダルを漕ぎます。ほどなく、母子里ゲートが見えて
きました。冬季閉鎖のため閉じているわけですが、工事関係車両
と思われる何台かの車がゲート前で待っていました。時限的に
開く時間帯があるのでしょうか。

・母子里ゲートを越えました。下界に帰ってきた気分です。
DSC04271_s.jpg

・本日のゴールの地、名寄が射程距離に入ってきました。
DSC04273_s.jpg

更に進んで下っていくと、信号機や人家など、本日久しく見な
かった文明的なものを目撃しました。ほどなく【北母子里駅】跡
に到達です。携帯電話と思われる送信施設の後ろにプラット
ホームの遺構が残されていました。

・【北母子里駅】前。駅舎があったであろう正面には電波塔が。
DSC04277_s.jpg

・電波塔施設の裏側に、プラットホームが残されていました。
DSC04279_s.jpg

さて、本日もう一つの難所が目前です。名母トンネルでの峠越え
です。昼食代わりに昨日購入した深川名物のウロコダンゴを2人で
分けて食べ、少々休んでから峠越えに挑みます。峠までの道は、
ヘアピンカーブこそありませんが、ダラダラと上り坂が続きます。
既に先ほどの林道越えで足のバネを使い切っている2人にとって、
かなりキツいものがありました。

・深川名物ウロコダンゴ。腹に貯まるズッシリ感が助かります。
DSC04287_s.jpg

・名寄まであと18km…は、天塩弥生に寄り道しない場合ですな。
DSC04290_s.jpg

・ダラダラと長いだけの上り坂を延々と登ります。
DSC04294_s.jpg

死ぬ気で挑み、名母トンネル手前の峠に到達しました。やった、
遂に本日の最高標高点だ! ありがたいことにトンネルは全線
下り坂のようです。ちなみに、この名母トンネルの開通により、
冬場の道路交通の確保がなされたと見做され、深名線廃止の
引き金となったことは有名な話ですね。なお、肝心の深名線の
方ですが、ここより大分南の場所で、長大な「名雨トンネル」
にて峠越えをしています。

さあ、あとは転がり落ちるだけです。爽快に飛ばし、一気に
名寄方に抜け出ました。おおっ、何という見晴らしの良い景色!
自分達の足でこんなに標高を稼いでいたんだー、と感動する
一瞬でした。

・見えた!名母トンネル。
DSC04295_s.jpg

・山の上から見えるような下界の景色です。
DSC04306_s.jpg

・何と4kmも下り坂が続きます。爽快ー!
DSC04304_s.jpg

4kmの長大な坂を一気に下り切り、右折した後に本日最後となる
小さな峠を一つ越え、【手塩弥生駅】の駅跡に至りました。ここ
にはかつての駅の遺構は残っていません。代わりに駅舎風の新しい
建物が建てられていました。側線等があったであろう空間には、
電信柱が多数建てられていました。まるで当時の手塩弥生駅を
復元しているかのように見えるのですが、説明板等は無く、周囲
に地元の人も見当たりませんでしたので、真相は分かりません。

・弥生方に折れて、一つ峠を越えます。
DSC04307_s.jpg

・【手塩弥生駅】跡には、駅舎風の建物が建っていました。
DSC04314_s.jpg

さあ、いよいよあと少しです。彼方に名寄の街が見えてきました。
雨脚が弱くなってきて快適に走ることができますが、日没時刻に
差し掛かり薄暗くなってきています。15分ほど走り、【西名寄駅】
跡に到着です。駅のあった場所はライスターミナルなる巨大な倉庫
になっていましたが、その横の西名寄のプラットホームがあった
であろう箇所に駅名接近標識が建てられており、この場所が駅跡
であることが示されていました。

・【西名寄駅】に至る駅前道路
DSC04318_s.jpg

・西名寄の駅名接近標識が建てられていました。
DSC04322_s.jpg

最後の一区間、名寄に向かって東に進みます。深名線が天塩川を
渡る部分には鉄道遺構は残されていませんでした。再び雨脚が
強くなってきて、周囲も急激に暗くなってきました。市街地に
入り、宗谷本線から深名線が分岐する箇所を見届けたところで、
すっかり暗くなりました。ギリギリセーフでした。そのまま数百
メートル走り、遂に【名寄駅】に到着しました。17:00丁度。
深名線区間、踏破完了です! 何という充実感。。。

・天塩川を渡り、名寄方に入ります。
DSC04330_s.jpg

・深名線が宗谷本線に斜め合流する箇所です。
DSC04332_s.jpg

・着いた!名寄駅!!
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・記念撮影!
DSC04342_s.jpg

さて、本日の宿泊地は美深なのですが、名寄駅発の列車を20分
ほど逃しております。もう一本後の列車までは2時間待ちです。
2人の疲労もピークに達しており、雨で冷え切ってお腹も空いて
いましたので、奮発してタクシーを飛ばしました。

宿泊地「びふか温泉」。温泉で冷えた体を温め、併設レストラン
で打ち上げをして、早々に就寝しました。

本日の走行距離は80km。
昨日今日での総走行距離は145kmでした。

こうして今回の深名線訪問は無事に幕を閉じました。今回、所在
不詳の宇津内仮乗降場を除き、駅・臨時駅・仮乗降場の全てを
踏査することができました。大変満足しております。1995年の
訪問時の振り返り体験以上の追体験ができたと考えております。
僕の中で深名線の過去へのこだわりのようなものが吹っ切れ
ました。

さて、今回のサイクリング。北海道の自然の中を走り、大変充実
したものとなりました。とは言え、深名線を深堀りし、それ以外
のものに目を向ける余裕と時間がほとんど無かったことも事実
です。次回、10年後か20年後かはわかりませんが、深名線を再訪
する機会があるかもしれません。その時には深名線の遺構は更に
自然への帰化が進んでいることでしょう。その時には過去を追う
ばかりの訪問では無く、その時の現状と自然を味わうような訪問に
したいと考えております。


計4回に渡る深名線廃線探訪シリーズの長文に、お付き合い
下さいまして、ありがとうございました。

(おわり)

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コメント 4

西名寄駅民

良いブログ記事ですね。
深名線は地元民でも忘れてしまった遺構です。
手塩弥生駅跡地付近の建物は、昔の駅舎風のカフェでオープンしたばかりのようですよ。
by 西名寄駅民 (2015-12-06 19:34) 

highbusy

≫西名寄駅民さん
コメントありがとうございました。地元の方からコメントを頂戴
できるとは、大変嬉しいです。地元の方に読んでいただくには、
拙い記事で大変恐縮ですが。。。
天塩弥生駅跡にあった建物は、やはり深名線当時の駅舎を意識
しての建物だったのですね。謎が解けました。
情報ありがとうございました!
by highbusy (2015-12-10 00:53) 

士別市民

【道道528】で検索して辿り着きました。小学生だった1995年頃、父のトラックで朱鞠内〜蕗の台まで走った思い出があり、自分も!と、大人になってジムニーを買うも528は通行止…このブログ記事を見て、こりゃ無理だと諦めがつきました。笑
by 士別市民 (2018-05-13 11:08) 

highbusy

≫士別市民さん
返信が遅くなりました。
拙ブログ記事をご覧いただきまして、ありがとうございました。
道道528号線が未だ道路として生きていた頃に、ご訪問された
ことがあるとのことで、大変羨ましいです。
あの道を自動車が通行できたとは、当時を知らない私には
全く想像も付きませんが、手が入らないと道路も荒廃するもの
なのですね。私のサイクリング時から、更に1年半が経ちました。
メンテされているような話も聞いたことがありませんので、
今では更に厳しい道路状況になっているものと推察されます。

by highbusy (2018-06-04 22:28) 

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